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DATE: 2013/11/06(水)   CATEGORY: 未分類
「動機」「デモ隊」劇評
「動機」
1982年、訳者の利光哲夫が初演して以来、30年を超える歳月の中で、5月4日~6日のギィ・フォワシィ劇競演の中の2作を加えれば、十数回以上の公演の8割は付き合った筆者としての言葉になるが、今回の舞台はある意味異色であり、出色であった。
ブルジョワのマダム、ソフィア(いずみひな)とプロレタリアの女、ソフィ(林裕子)との、階級、格差社会の中で起こったブラックユーモアの劇として、演出の山崎哲史の展開の進め方と、生々しいソフィの、裸身の死体を見せた、ということなのである。
過去にも、これに近い迫り方はあったが、山崎演出程明確なものは初めてだった。ソフィアとソフィという加害者被害者の名前が、殆ど同じで僅差しかなく、二人は同一人物で、一人の男を廻る同一人物の矛盾接着の悲喜劇という演出もあり得るので、階級対立という社会の中での悲喜劇として明確な舞台は、新鮮だった。演技としては、一軒単純だが、演じにくい舞台を、よくこなしていた。

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「デモ隊」
六月にフランスのSACD賞を受賞した80歳の作者の最新作ということで、いろいろな意味で、筆者は大いにきたして出かけた。まだ、青年と言ってもいい年齢の時に注目を浴びた舞台から一貫して、作者の持ち味であるブラックユーモアが、どのように進化結実したか、という舞台を展開してもらいたい、という願望があったからである。
「客間、たとえばブルジョワ家庭の二つの窓」と指定があるだけの、いつもながらの一杯道具の、短時間の一幕劇だが、従来のフォワシィ劇と異なるところがあるとすれば、
九人の人物が時間を置いて、劇の性質上、カップルとして登場し、次第にふえてくることと、その場で展開する世界が、距離を置いた眼下の世界の向こうに存在している筈の、群衆=デモ隊の行動に対して語られるせりふお限られた行動だけで、客には群衆の姿は見えないままに親交して、一喜一憂している窓のこちら側の話ということであり、ブラックユーモアの世界が余裕を以って展開している分だけ、大いに進化、完成していることに満足した。
人物は彼、彼女だけで名前はないが、中年、中肉、中背と、すべて中くらい、と断っていて、つまりどこの
誰でも、この状況に置かれる恐怖を添加して見せてくれる。僅かの資産だが、持てる者ということになっている。
(あるいはそう思っている者=主としてカップル)が、見える距離の近くに集まって来ていて、自分たちのすべてを奪い、無にするという恐怖に捉われて、滑稽な武装をして、攻撃しようと身構える恐怖、というよりは、滑稽なやりとりを充分見せてくれる。実は、襲撃してくるはずのデモ隊は、暢気に焚火をしたり、ワイン(実はミネラルウォーターということもわかったのだが)を飲んだり、ソーセージを焼いたりしているだけで、抱き合ってキスをしたりしているところへ、機動隊が突入してきて、追い散らし、催涙ガスを投げたり、ついには機関銃や、手榴弾を投げて、虐殺を始め、死体も増えてきて、ついにデモ隊を追い払うことに成功する。誰もいなくなった広場を見て、客間で見物していた男女は、嬉しさのあまりセックスまでしたくなった時、再び広場に客が集まって来て、座り込みが始まるところで幕になる。広場の集会を恐れる男女の、卑しさ、くだらなさ、滑稽さ、愚劣さを、うんざりするほど、客は見せられることになるのだ。演出の山崎哲史は、明確に、楽しく、年恰好、生活の異なる男女を描き分けて見せてくれた。上の階の男(神山寛)、上の階の女(坂本容志枝)、同じ階の男(山谷勝巳)、同じ階の女(松永麻里)、下の階の男(西田圭)、下の階の女(森下知香)、その愛人(五位野隆雄)、彼(柳鶴英雄)、彼女(清水由紀)が、それぞれの性格を演じ分けて見せてくれた。

(野平昭和氏)

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