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DATE: 2017/08/30(水)   CATEGORY: 上演記録
夏の夜の岸田國士 『葉桜』
『葉桜』・・・

前置きの余談だけれど、偉大な作家は後世、必要以上に権威づけられて厳かに扱われていないだろうか、という疑問をチェックするために、いとくに古典をやるときは「喜劇俳優が喜劇として演じたらどうなるか」という想定をしてみる。
大抵は、ほとんどの部分はうまくいっても、肝心のところで無理が出てしまったりするもので、歴史的な作家でも、上演を前提に書かれている戯曲は、その当時は来場するお客さんありきで、けっして退屈させるようなものを書いてはいないと思う。

岸田國士だと、この『葉桜』とか『屋上庭園』とかは、わりと後世に高尚に扱われすぎてないかなあ、という部類だと思う。ためしに、喜劇のフィルターを掛けて読むと、この母親は笑えるくらい変な人で、言ってることはたまに支離滅裂、わがまま、自分で突っ込んで自分でボケて、勝手に怒ったり泣いたりしているわけで、あきれるし腹も立つ。

この母、計算上は40歳前。時代が違うとはいえ、一番元気で手ごわいときである。つまりそこに「普通の人」であることが現れていると思う。
そこらにいる「おかん」なのだ。そうすれば、わりとあの、独白のような長いセリフが何か所もあるけれど、結構成立するように気がしてきて、これは最後にホロっとさせるところまで計算された、わりと喜劇っぽい作品なのかもしれない、と、そこに挑戦させてもらえた。


さておいて、今回の『葉桜』はとても好きな時間だった。
蒔村さんの技量や語り口の素敵さは言うまでもなく素敵だし、芙三次さんの読みとアプローチ(とそのオファー)は的確で、葉桜とはいえ、ずっと新緑の新芽のような感じだった。

バンドネオンで、仁詩さんにアレンジしてもらって、さだまさしの(あるいは百恵ちゃんの)「秋桜」を流しながら、コテコテの「葉桜」嫁に出す娘への複雑な心情を綴る王道を演出しながら、アナウンサーの真里さんのナレーションで、彼女の「回想」という額縁を重ねた。

そんな演出部分の効果というより、蒔村さんの読みと、戯曲のセリフの「王道」部分でだろうけど、なんども涙腺が緩んだ。
もはや「嫁入り」に別れを感じない時代かもしれないけれど、ずっと憎たらしく手ごわい存在だった「母」との別れは、必ずやってくる。

そのとき「娘」は、大人になっているのだろうか。
「いつになっても、これでいいってことはない」のだ。

(photo Tomoko Kosugi)

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前田真里(ト書き)

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バンドネオン演奏 仁詩

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坂東芙三次(娘)

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蒔村三枝子(母)

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前田真里
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