花天月地プロジェクト
かてん@ぶろぐ  Katen Getch Project
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DATE: 2008/12/12(金)   CATEGORY: 表現教育
メイエルホリドとマイケル・チェーホフ
(ジョナサン・ピッチズ 教授レクチャー)
いずれも、モスクワ芸術座でスタニスラフスキーとともにあった人物。
言ってみれば『お弟子さん』といえないこともなし。
年齢的にも、スタニスラフスキ-、メイエルホリド、マイケル・チェーホフと年長の序列がある。

メイエルホリドは、スタニスラフスキー的な自然主義から距離を置いて、『ビオメハニカ』という独自の俳優訓練法を考案する。 俳優と演技、上演へのアプローチとしてはずいぶんと異なるように思えるけれども、スタニスラフスキーにとって信頼できる後輩であったことは間違いない。その後一時モスクワ芸術座へ復帰した際、スタニスラフスキーから「私のシステムを引き継ぐ唯一の人」と語られている。メイエルホリドの手法も作風も、スタニスラフスキーには批判的だが、反証の対象となること自体が、スタニスラフスキー・システムのスタンダード性を強調することでもあったと思う。

1898年、当時無名だったチェーホフ(アントン=作家)の『かもめ』を上演された時の、舞台写真を拝見。トレープレフをメイエルホリドが、トルゴーリンをスタニスラフスキーが演じたその構図は、まさに二人の現実の関係そのままであった。

今回は、『ビオメハニカ』の貴重な動画を拝見。『矢を射る』というエチュードである。これが、ものすごく大変そうな身体動作なのだけれども、何故かみているとおかしくなる。やっている側は大真面目なのだろうけれども、それだけにむしろ滑稽に思えてしまう失礼。ただし、そういう目的で作られたものではなく、エチュードであり、発表を前提としたものではないことは明言されていた。

otkaz -パッシール-トチカ、と連続した動き。徹底したスタイル化によって、N=A1+A2という、身体と意識がコンスタントにぶつかり合う俳優のあるべき姿を目指す。ビオメハニカは、コメディア・デ・ラルテのような伝統的な手法と、『犬の条件反射』で有名なパブロフの科学との混成である。それならむしろ、N=A1xA2の方が良い表現のような気もするのだが・・。

メイエルホリドは、日本の歌舞伎などアジアの演劇のエッセンス持っていたとされる。後にメキシコに渡った日本の演出家・佐野碩は彼の弟子である。その佐野へのスパイの濡れ衣にもよって、メイエルホリドは死刑に処された。スターリンの大粛清である。

マイケル・チェーホフは、秀著『TO THE ACTOR』により知られている。邦訳もされているが、日本以外のほうがむしろ重用されている。たとえば英国では俳優理論の中心的なものである。
ゲーテやシュタイナーに影響を受け、想像が核となり、感性と理性のバランスのとれた俳優術である。
スタニスラフスキーが、『超目標』に向かって一直線を表現したのに対して、チェーホフは循環図にそれを表現する。心理とジェスチャーが相互依存した、サイコロジカル・ジェスチャーである。
シュタイナーの本との出会いが、自身の感情の乱れから安定を取り戻したという経験もあってか、人智学やユングの心理学的影響もあるとされる。いかに超目標に向かってembodyするか、自分の経験でなく想像で役を掘っているスタイルは、役に自分を乗っ取られてしまうスタニスラフスキーの自然主義との相違である。
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DATE: 2008/11/30(日)   CATEGORY: 表現教育
スタニスラフスキーとブレヒト
TPN 俳優の科学的トレーニングを考えるセミナー Vol.1

『スタニスラフスキーとブレヒト』
クリス・メグソン教授来日セミナーWS

『同化』のスタニスラフスキーと、『異化』のブレヒトの異同は?と、勇むのは受講者ばかり。根本的に対立するものではなく、それぞれに共鳴できる特徴、あるいは普遍的な課題があるようです。

スタニスラフスキーは、戯曲『かもめ』(A.チェーホフ)を使っての、サブテクスト分析。
自然主義の演出家と演技論特有の、現実味を追い求める姿勢は、役つくりや演出に必要であると同時に、さまざま一般の日常生活での問題解決(おもに、問題の発見)に使用できると思いました。
冒頭の、マーシャにふられるメドベージェンコを二度も演じました。すこし、切なかったですね。

ブレヒトは、『コーカサスの白墨の輪』を扱って、叙事的、異化というブレヒトの手法を体験しました。
作品は、とにかく面白くて、ブレヒトにしては分かりやすいものです。アメリカ亡命時代の作品ということもあるでしょう。
ものすごいスピードとテンポで、次々と課題をこなしていきました。メンバーの能力は大したものでしたが、『時間がない』、とにかく『やってみる』という姿勢は、いろんな意味で必要だと思います。
テーブルの上では、なにも解決しないのですね。

日本の土壌や文化の問題もあって、どれだけ応用できるか、すべきかというのは慎重な作業を経なけれ場危険だと思いますが、スタニスラフスキー・システムは、演技の天才に向けて開発されたものではないということ、アメリカに渡って「感情の記憶」の部分だけが、クローズアップされたことなどは押さえておかねばなりません。つまり、本来は親しみやすいものなのです。
ブレヒトは、日本に親しい人でした。共産主義者で、ずっと亡命していましたが、とにかくブレヒトの演技論が演劇人に与えた影響ははかりしれません。この表面的な『分かりにくさ』を、良い味に噛み砕くのが、我々日本のシアターワーカー達の役割だと思っています。
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DATE: 2008/11/03(月)   CATEGORY: 表現教育
欲望の虹 ―『人間関係の行き詰まりを、右脳と身体で見直す』 WS
欲望の虹 ―『人間関係の行き詰まりを、右脳と身体で見直す』 WS

大阪でボワールの理論をベースにした活動をされている、”まっちゃん”松田裕樹さんの、上京ワークショップでした。
珍しい、アウグスト・ボワールの『欲望の虹』(RainbowofDesire)を使った貴重な実践でした。

『人間彫刻』を使って、人間関係の対立と解決方法を、全身体を動かして考えていきます。身体は、かなり感情を扱っています。(なので、身体の解放は、心のリラックスにもつながったりしますね)

少人数でしたが、いろんなご職業、年齢、性別の方が参加され、とても興味深く、新鮮でした。

ボワールは、フレイレの識字教育とブレヒトの演劇論に影響を受けている世界的な演劇家で、現在世界のいたるところで行われているワークショップの多くのアクティビティが、彼の系譜といえます。
私たちも、ボワールの代表的なアクティビティが、どれくらい日本で応用、適用、准用できるのかということをテーマにして、彼の著書、『俳優と非俳優の為のゲーム』に記載されているアクティビティに、随時チャレンジしてみようと考えています。

また、昨年お世話になりした西田豊子先生が代表理事をお勤めの、『アートインあしびな』さんでも開催されていました、『フォーラムシアター』もボワールの手法であり、こちらも随時、部分点に問題解決のワークショップに取り入れてまいります。

よき、ボワールのつながりができました、と勝手に感謝しております。

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DATE: 2008/09/01(月)   CATEGORY: 活動
ドラマケーション®
≪5分でできる人間関係つくり≫

コミュニケーション能力と、表現力を高める自己啓発プログラム

遊び感覚あふれるレクリエーション的な楽しいアクティビティを通して
( 外から見れば、遊んでるだけ? )
初歩的な人間関係つくりから、コミュニケーションを楽しむことまで。

ドラマケーション®は、「ドラマ」と「コミュニケーション」「エデュケーション」から創造された造語です。 (商標登録済)

・仲良くなる
・体を感じる
・コミュニケーションを楽しむ
・表現を楽しむ etc

学校教育の現場から、地域コミュニティー、企業内研修、講師研修まで広く対応

【花天的おすすめ度】
演 劇 度 ★★☆☆☆
教 育 度 ★★★☆☆
セラピー度 ☆☆☆☆
参加しやすさ ◆◆◆◆◆
楽 し さ    ◆◆◆◆◇
効 果     ◆◇◇◇◇  
体 力     ◆◆◇◇◇
専 門 性   ◇◇◇◇◇

人数:3人〜30人 (場合によっては100人以上も可)
時間:1時間〜5時間程度


お申込み・お問い合わせは
katengetch◎ted803.net (←◎を@に変えてご送信下さい)
担当:大町


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DATE: 2008/08/24(日)   CATEGORY: 表現教育
ドラマ・イン・エデュケーション
アンディ・ケンプ博士(英国)の来日ワークショップに参加。

アンディさん、ベッカムと同じ英国からの初来日だそうです。
ドラマ・ティーチャー(英国では教師の資格として「ドラマ」があるのです)の養成課程の博士、という認識で間違いはないと思います。 「演出家でもある」という紹介がありましたが、そういう背景は持たれているとしても、実際は「教育者」に属する方とお見受けしました。
英国の方らしい、ユーモアと威厳と体格。大きな声、表現力、その姿勢はすでに良きリーダー像そのもの、お手本でした。

(ちなみに注釈。ドラマといってもTV番組みたいなものことではなく、英国はじめ欧米でレッキとっした学校の授業科目。 その学校の選択(あるいは必修)科目としての立場は揺れているみ昨今ですが、それでもしっかり専門分野として存在してます。 日本においても、正しい話し方、対話や会話、スピーチやディベート、動作も含めた総合的なコミュニケーションのためには、必要な科目だと思いますが、いまだに学芸会の余興に追いやられています)

しかし、昼夜X二日間は、さすがに体力消耗しました。
なによりも、二日目は題材が重すぎ(自殺) 結局、自殺した少女のストーリーを創作する過程で、我々は深く自分自身と向き合わされるわけですから、かなりずっしりきました。

子どもたちの興味を引き付ける題材、ということで「ホラー」を選択して、進められていたのですが、日英のホラー事情の違いが、とても興味深かったように思います。

ほかにも、「森の樹ががしゃべる」という発想についても、たぶん日本にはないのだと思います。日本のおとぎ話は、概ね動物がしゃべる寓話は多いけど、植物はあんまり話しませんね。批判的な意味はまったくなしで、文化の違いに興味深かったです。

しれにしても、「おぞましい人物」「連続殺人鬼」「自殺」など、日本では絶対に教育現場では扱えないネタが連続して、参加者からもその点が指摘されたのですが、そのときは印象的でした。つまり、「現実ではない劇や、フィクションの中だからこそ、殺人鬼やら凄惨な事件やらを≪体験≫することができる」ということです。 それで子どもたちがショックを受けるとか、変な行動を助長するのでは・・・ということで、ヤバイ話は話題ごと子供たちから遠さけて置くことを、ケアだとしているのが日本の常識になっています。しかし考えてみれば、それはただの「腰ぬけ」であり「逃避」なのかもしれません。
童話のように「むかしむかし、あるところで」と前置きした世界では、フィクションだからこそ、本当に殺人は起きていないのだからこそ、過程の話として経験できることに意義があるのだという意見は、一理あると思いました。
ま、日本の教育で先生がそれをやったら、大変なことになるでしょうけどね・・・。
この議論については、アンディさんも私たち参加者の顔色を察知したのか、丁寧に、慎重に、時間をかけて力説されていました。

残念なのは、このWS全般に言えることですが、肝心の通訳が専門家ではないことでした。数人で手分けされていなましたが、いずれも不満足で連携もできていません。通訳の技術力も足りないのですけれども、その上「何をやるのか」「どういう趣旨で動くのか」ということが、あらかじめの打ち合わせで確認されていなかったことと、演劇と教育の専門用語はもちろん、通訳者が選択して使う「日本語」が洗練されていないこと、の2点が問題でした。
半分以上の参加者は、そのまま英語が理解できている人たちでしたので、通訳のお世話になる必要はなかったのですけれども、助成金の関係で主宰の中山さんが自ら通訳として介入できない、という事情はちょっとマイナスでした。最良のインタープリターが傍観するしかないという無念さ・・・。


さて結論。先進国にケチつけるつもりはありませんが、学校という場所で教師と学生の関係で実行されるドラマの授業ってのは、はたして本当に幸せなものなのかは未だに疑問です。
優劣良し悪しではなくて、芸術家が教育現場にお邪魔する場合と、センセイが芸術科目を扱う場合とは、やっぱり似て非なるものだと感じました。

それでもドラマ的なものが社会に定着するのは、産業的にもよいことだと思います。やぱっり学校にないものは興味すら覚えずに一生を過ごすことが多いですから。

それにしても、これだけ長時間のプログラムならでは、いろいろと新発見もあったと思います。さほど新鮮ではなかったとはいえ、二日目はかなり深いところまで、どよよ〜んといけましたね。
日常へのリセットは、ワンアクションで済ませようとしましたが、僕には無理でした。5分くらいかけて、断ち切る儀式がないと、リセットできないところまで深入りしました。

その後の日常生活へのリセット術は、パブでビール?でした。
これも英国式・・・。
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