8月戯曲読み会

今月の開催日: 8月19日(火) 午後18:30〜21:30頃
場所: 千代田区スポーツセンター 8F 音楽室にて
(千代田区内神田2-1-8 電話:03-3256-8444)
JR神田駅、地下鉄大手町駅、歩5分
題材:森本薫作「わが家」、ヘンリック・イプセン「棟梁ソルネス」ほか
すぐれたオモシロイ戯曲を、配役を決めて、ひたすら読み味わうサークルです。
参加資格: 昼の部= 特になし、区民の方、アマチュアの方大歓迎
夜の部= 現役の俳優・経験者
今月ファシリテーター:山崎哲史
割引:千代田区民(在住・在勤)、学生 半額です
「すべての子どもにドラマの教育を!」
全国演劇教育連盟
第57回全国演劇教育研究集会
最終日でした。
「ドラマ・イン・エデュケーション」 小林志郎名誉教授の講座。とにかくお元気でした。
座学かと思いきや、机はなし。動き回って、思い切り活動的なレクチャーでした。
こちらは、教育からのアプローチということで、単元教育の手段として演劇的な要素を使うもの、であれば好都合な集団という感じでした。
今日は、インプロ(即興劇)を成立させるのは、2人のワークでも相当難しいのです。それを、5人6人で即興でシーンを作るというのは、相当な訓練とチームワークが必要になります。
それを、今回は解説しながら検証しました。 グルーピングで仲間を作って、2人のインプロを体験するために、「ハウスツアー」というアクティビティを選択しました。その後、全体ワークへと流した見事なレスンプランでした。 参加している側は、本気になってしまって、「体験しながら検証」どころか、純粋な参加者として葛藤をしていました。このいい大人の「のめりこみ」具合、まさに演劇の魔力と魅力ですね。
しかし、演劇を応用するために、演劇的な大事な部分が希釈されて、表面的に使われてしまう懸念は残ります。ほとんど、演劇的な素養のない生徒さんに、演劇的な素養のない先生が、これらの手法を単純になぞってしまっては、どんどんと方向がずれていく恐れがあると思いました。
演劇教育の徹底、その地ならし、それが先決ではないかと思います。
演劇は「国語や、体育や、道徳の授業の中に分散して存在し得る」と、考えがちですが、国語も体育も、道徳も、算数も社会も理科も、あるいは芸術も、全部演劇の中に含まれる要素で、学校ではそれを専門化して勉強しているにすぎないわけです。
「生きるために役に立つ」総合的な学習のためには、「演劇」ひとつで、ほとんどをカバーしてくれます。
第57回全国演劇教育研究集会
最終日でした。
「ドラマ・イン・エデュケーション」 小林志郎名誉教授の講座。とにかくお元気でした。
座学かと思いきや、机はなし。動き回って、思い切り活動的なレクチャーでした。
こちらは、教育からのアプローチということで、単元教育の手段として演劇的な要素を使うもの、であれば好都合な集団という感じでした。
今日は、インプロ(即興劇)を成立させるのは、2人のワークでも相当難しいのです。それを、5人6人で即興でシーンを作るというのは、相当な訓練とチームワークが必要になります。
それを、今回は解説しながら検証しました。 グルーピングで仲間を作って、2人のインプロを体験するために、「ハウスツアー」というアクティビティを選択しました。その後、全体ワークへと流した見事なレスンプランでした。 参加している側は、本気になってしまって、「体験しながら検証」どころか、純粋な参加者として葛藤をしていました。このいい大人の「のめりこみ」具合、まさに演劇の魔力と魅力ですね。
しかし、演劇を応用するために、演劇的な大事な部分が希釈されて、表面的に使われてしまう懸念は残ります。ほとんど、演劇的な素養のない生徒さんに、演劇的な素養のない先生が、これらの手法を単純になぞってしまっては、どんどんと方向がずれていく恐れがあると思いました。
演劇教育の徹底、その地ならし、それが先決ではないかと思います。
演劇は「国語や、体育や、道徳の授業の中に分散して存在し得る」と、考えがちですが、国語も体育も、道徳も、算数も社会も理科も、あるいは芸術も、全部演劇の中に含まれる要素で、学校ではそれを専門化して勉強しているにすぎないわけです。
「生きるために役に立つ」総合的な学習のためには、「演劇」ひとつで、ほとんどをカバーしてくれます。
ドラマセラピー
アルマンド・ヴォルカス氏来日ワークショップ
参加してきました。
ドラマとセラピーという融合について、というよりも応用演劇の活動のなかで、心理学的な根源にゆらいするものは、とても多いのです。
単日のワークショップということで、どこまで経験できるか、振り絞って頑張りました。
英語の一日、それはそれで興味深かったです。
本来、応用演劇の手法は、言葉を超えた理解を産むものなのです。
多色のスカーフを使うなど、プレイバック・シアターで経験したエッセンスとよく似ていました。
慎重に、プチ・プレイバックを行いました。
プレイバック同様、「アクター」に演劇的な素養がないと、正確に客観することも、分かち合うこともできません。このあたりが、心理学からアプローチしてきた場合、大きな欠点になろうかと思います。
自由連想法、夢分析、ひたすら聞く・・・なにやらフロイト、ユング、ロジャースと、臨床心理の授業みたいでしたが、精神的な問題を抱えている人の対処として、聞いてあげる、分かち合うというのは重要なことだと思います。反面、医療としては、医師になんらかの「施術=助言」を求めたくなるのも、当然です。
私たちは、セラピストではありませんが、演劇を応用した手法で、各自や集団の問題解決の手がかりを見つけるワークを、さらに演劇的な立場で研鑽してまいります。
参加してきました。
ドラマとセラピーという融合について、というよりも応用演劇の活動のなかで、心理学的な根源にゆらいするものは、とても多いのです。
単日のワークショップということで、どこまで経験できるか、振り絞って頑張りました。
英語の一日、それはそれで興味深かったです。
本来、応用演劇の手法は、言葉を超えた理解を産むものなのです。
多色のスカーフを使うなど、プレイバック・シアターで経験したエッセンスとよく似ていました。
慎重に、プチ・プレイバックを行いました。
プレイバック同様、「アクター」に演劇的な素養がないと、正確に客観することも、分かち合うこともできません。このあたりが、心理学からアプローチしてきた場合、大きな欠点になろうかと思います。
自由連想法、夢分析、ひたすら聞く・・・なにやらフロイト、ユング、ロジャースと、臨床心理の授業みたいでしたが、精神的な問題を抱えている人の対処として、聞いてあげる、分かち合うというのは重要なことだと思います。反面、医療としては、医師になんらかの「施術=助言」を求めたくなるのも、当然です。
私たちは、セラピストではありませんが、演劇を応用した手法で、各自や集団の問題解決の手がかりを見つけるワークを、さらに演劇的な立場で研鑽してまいります。
戯曲読み会 7月昼の部
オーカッサンとニコレット





